演題抄録

特別講演

開催概要
開催回
第51回・2013年・京都
 

がん治療と患者の選択

演題番号 : SL-2

[筆頭演者]
なかにし 礼:1 

1:作家

 

お医者様は神様である。ある日、自分の体内にがんの存在を発見され、がん患者であることを宣告されたものにとって、まさにお医者様は神様である。それまで、がんということについて考えもせず、他人ががんになっても自分だけはそんな病気にはならないだろうと高をくくっていたものにとって、その宣告は文字通り青天の霹靂であり、死刑判決を受けたに等しい衝撃である。
 その時、頼りになるのは目の前にいるお医者様だけである。なぜなら医師はその病気の専門家であることはもちろん、数々の治療とその成功体験を持ち、たとえ目下の症状が自分の専門分野でないにしても、その広い人脈によって、その患者の治療に最もふさわしい治療法を提示してくれるに違いないと、大抵の患者は信じているに違いない。そしてまた、その医師には以前からなかにつけてお世話になっているとすれば、患者の信頼感は何倍にもふくれあがるだろう。
 だが、その時、その医師は、本当に、その患者にとって最適最善の治療法を提示するだろうか。答えは疑問符? である。
 医者はみな、訓練で習い覚えたらしい、実に信頼感をそそる笑顔と態度物腰を身に付けている。しかし、その白衣の下の実体はやはり生きることに賢明な一人の人間であり、人間であるがゆえの限界の中にいる。決して彼は神様ではないのである。でも、彼はそのイメージを捨てようとしない。そこで、あやまった治療法が提示され、実行され、そして中には上手く行かないという事例が生ずることになる。患者が気付いた時はもはや出遅れなのである。
 ゆえに患者はそれ自身おのれのがんについて勉強しなければならないことは当然ではあるが、それには限界がありすぎる。だから、医師は本当の意味で「神様」にならなければならないのである。神のごとき慈愛をもって、神のごとくに英知を駆使して、神のごとき平等の思想をもって、神のごとくに自分に厳格に患者にやさしく、最善最適の治療法を発見し、それを患者に勧め、またほどこすのでなければならない。もしそうでない現実が、これからもなおつづくものとするなら、人類が懸命になって成長し発展し、そして発明発見した技術はいったいなんのためだったのかということになる。医療は常に時代の先端にあるべきであり、そこで戦うことによってしかふたたびの新しい発見と発明は望めない。医師よ神様たれ! それが私の願いである。

【略歴】
1938年 中国黒龍江省牡丹江市生まれ。
立教大学文学部仏文科卒。
大学在学中よりシャンソンの訳詩を手がけ、1964年『知りたくないの』のヒットを機に作詩家となる。
ヒットメーカーとして活躍を続け『今日でお別れ』『石狩挽歌』 『時には娼婦のように』 『北酒場』など約4000曲の作品を創る。
『天使の誘惑』ほかで日本レコード大賞を3回、同作詞賞を2回、またゴールデンアロー賞など受賞歴多数。
その後作家活動を開始、98年に『兄弟』を発表。
次作の『長崎ぶらぶら節』で2000年1月第122回直木賞を受賞。
満州からの引き揚げ体験を描いた『赤い月』(映画化・テレビドラマ化・ラジオドラマ化)は100万部に迫るロングセラーとなり、昨夏文学座にて自らの書き下ろし戯曲で上演され、05年12月『戯曲・赤い月』として出版。
02年『てるてる坊主の照子さん』(NHK連続テレビ小説『てるてる家族』原作)、
03年12月『夜盗』を刊行。
04年3月『さくら伝説』を刊行。
05年3月『黄昏に歌え』を刊行。
07年1月『戦場のニーナ』を刊行。
08年3月『三拍子の魔力』を刊行。
09年12月『世界は俺が回してる』を刊行。
一方、舞台作品の台本・演出も手がけ、演劇・舞踏・オペラを融合した「世界劇」という新しい上演形式は高い評価を受けている。

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