演題抄録

パネルディスカッション

開催概要
開催回
第51回・2013年・京都
 

未踏高齢社会で大転換するがん診療の意義---ケアサイクルの医療からみて

演題番号 : PD3-2

[筆頭演者]
長谷川 敏彦:1 

1:日本医科大学 医療管理学教室

 

 今年冬、札幌がんセミナーで次の情景から講演を始めました。
  2020年頃の天国で脳卒中とがんで亡くなった二人の老人が話している。
  脳卒中の人:「あなたは良かったね、良い病気で死ねて。私は何度も発作を繰り返し、医療、介護費を使って、家族にも迷惑をかけて、最後は認知症になって、死の準備も出来ずに死んでしまった。」
  がんの人:「でも死と向き合うの事が不安だった。最後はやはり苦痛だった。」
  脳卒中の人:「でもケアサイクルがちゃんとまわって支えられると、あなたも御家族も心の準備が出来て良かったのでは、あなたこそ死のエリートだ!」
 実際国立がんセンターの予測によると現在の死亡の3分の1を占めるがんも2020年には4分の1になり、がんで死ににくくなるようです。会場の反応は様々でした。しかし、最近テレビの番組で新橋のサラリーマンに何で死にたいかアンケートしたところ、3分の2は「がん」と答えていました。そして、2人の専門家による「どうせ死ぬならがんがいい」というタイトルの対談本まで出ました。今日本が、独人突き進みつつある人類未踏の高齢社会では、「がん診療の意義」が大きく変わると想定されます。
 がんの政策は、ここ数十年は「研究」に重点が置かれて来ました。がんの治癒率が未だ低かったからです。しかし、有効な診療法が多く研究開発され、ここ5年余りは医療の「均点化」に重点が置かれています。理想的な施設レベルでの診療成果が必ずしも全国の施設で得られるとはかぎらず、多くの国民が享受するには政策支援が必要だからです。最近では、国内外の均点化が問題となりドラッグ・ラグなどが話題となっています。
 実はこれからは、冒頭に述べた「ケアサイクルと支援」が大きな課題となるのではないでしょうか。死から逆に振り返ってみると、がんは決して悪性の疾病ではありません。ただそう想えるためには支援が必要です。がんの診療は進歩したものの、発見時の進行していている人もいてやはり罹った人の半分はがんで亡くなります。(実は。残りの方も何らかの他の病気で亡くなるのですが)さすがに最終末期のケアは整備されて来ました。しかしその手前、病院や診療所など色々な施設、専門家にかかりながら亡くなってゆく過程があまり上手く統合されていないよう想われます。病気の進行に応じて時には看護師、リハビリ専門家、介護の専門家、精神的に支える方、様々な側面からチームとして支える人が必要です。それを私は「ケアサイクル」の医療と言っています。
 これまでの医療は、19世紀のドイツを中心に一回病気になって入院して一回で治る感染症など若人で発生する病気を基準に発達して来ました。21世紀の日本では高齢化が進み、複数の病気を持ち、発生は連続し継続して最後は死に至ります。これまでの治癒救命を目指す「治す医療」から「支える医療」への移行と統合が必要とされているのです。
 このケアサイクルの医療は、世界中どこにもマネをすべきモデルはありません。日本がモデルとなります。そのモデルを創るためのケアのモデルとして、がん診療のケアサイクルには大きな意義があります。創造には、医療看護界や福祉界の意識の変化と創意と努力が必要ですが、それにも増して患者家族や国民の意見が大切です。
 ケアを受ける側と提供する側が一緒になってより良いケアサイクルの在り方を世界に先駆けて追求しようではありませんか。

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