演題抄録

特別企画

開催概要
開催回
第54回・2016年・横浜
 

世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」と横浜

演題番号 : SP

[筆頭演者]
井上 昌美:1 

1:群馬県企画部・世界遺産課

 

世界遺産
世界遺産は、1972年ユネスコ総会で採択された世界遺産条約に基づいて決められる。地球上の多様な価値ある自然や文化を守り、未来に受け継ぐためのものであり、自然遺産・文化遺産・複合遺産を合わせると登録件数は現在1,000件を超えている。
「富岡製糸場と絹産業遺産群」
世界遺産には人類の歴史に影響を与えた多くの産業遺産がある。その一つとして「富岡製糸場と絹産業遺産群」は2014年に世界遺産に登録された。
「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界遺産としての価値は、高品質な生糸の大量生産を実現した「技術革新」と、日本と世界との間の「技術交流」にある。日本は1909年に世界一の生糸輸出国となり、1930年代には世界の生糸輸出量の80%を日本製が占めた。日本が開発した生糸の大量生産技術は、生産量が限られ一部の特権階級のものであった絹を世界中の人々に広めたのである。富岡製糸場と養蚕に関わる3つの資産(田島弥平旧宅、高山社跡、荒船風穴)は、そのことを今に伝える証である。
4つの構成資産
富岡製糸場は1872年に創られた日本初の本格的製糸工場で、蒸気機関やフランス式繰糸器などの西欧技術が導入され、ここから全国に器械製糸技術が伝えられた。そして1987年に操業を停止するまで、115年間にわたり製糸技術開発の最先端であり続けた。
田島弥平旧宅は、通風を重視した蚕の飼育法「清涼育」を大成した田島弥平が建てた住居兼蚕室で、瓦屋根に換気設備を取り付けたこの建物は、近代養蚕農家の原型となった。
高山社跡は、通風と温度管理を調和させた蚕の飼育法「清温育」を教える教育機関高山社の発祥の地。高山社には日本全国のみならず、中国や朝鮮半島からも生徒が集まった。
荒船風穴は、岩の隙間から吹き出す冷風を利用した国内最大規模の蚕種(蚕の卵)の貯蔵施設。冷蔵技術を活かし孵化の時期を調節することで、年に複数回の養蚕を可能にした。
これらの4資産は相互に連携し、特に富岡製糸場が良質な繭を大量に確保するために行った繭の改良運動の際には、3資産が大きな役割を果たした。
絹の貿易港として発展した横浜
江戸時代末1859年に開港した当時は、日本からの輸出品は80%が生糸で、そのほとんどが横浜港から輸出された。横浜の生糸問屋であった原合名会社(原富太郎(三渓))は1902年に富岡製糸場を三井家から譲り受け、1939年まで経営にあたった。横浜の発展はシルクと共にあったのである。

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